自分の自由に生きる。
他人が自分の事を好きか嫌いかなんてのは気にするだけ無駄なんだ。
なんでかって言うと、それは相手の問題であり自分の問題ではないんだな。
評価する相手の問題
『うちの旦那さんは毎日土曜日まで汗水たらして働いてるのに、何かあんまこう言っちゃなんだけど、(貴方は)苦労して働いてるわけでも無さそうだし、外車とか乗ってるのって何か私は嫌だな、、、。魅力を感じない、、、。』
これはほとんど面識が無い、何でも思った事を口に出してしまうという若い奥様に言われたセリフだ。
特に関わりもなく、その女性の本名も知らない位の関係性だが、自分の旦那さんと比べて汗水たらさず働いていない人は気に食わないのだという。
そしてそんな人が見栄張って外車なんか乗り回していると、もっと頭に来るのだという話だ。
失礼極まりない話だ。
ある時はこんな事も。
関係が薄いどころか関わりの無い人は自分にこう言った。
『自分は貴方の生活に憧れているので同じようになりたい。同じようになれなくてもいいから少しでも近づきたい。そのためには頑張って努力するし、いつか自分も隣に並べるようにしたいから見ててほしい!』
自分自身やっている事は変わらず、ずっと自分のやりたい事をやりたいようにして生きている。
それを自分の人生で作り上げて来た偏見のコレクションに当てはめ、いろんな人が独自に判定を下し他者を好きなカテゴリに放り込んでいる。
そんな状況だ。
自分がどこかに寄付をしたと発表すれば賞賛してくれる人もいるだろうし、売名だと騒ぐ人もいるだろう。
この事からわかるのは、
他者からの評価は評価する人によって変化するので、自分自身が何をやっているかは関係が無い。
どんなにいい事をしてもけなす人はいるし、反対にどれだけなんだかなって人でも支援者は現れる。
気にするだけ無駄と言うことだ。
他人の評価など気にせず自分のやりたい事をする
自分は全く気にならないが、世の中には他人の目が気になって動きが取りづらい人もいるだろう。
無視して大丈夫だ。
他人の言うことなど信じて上手くいかなかったら目も当てられない。
自分で選んだことなら諦めがつく。
そして大抵どうでもいい人生を歩んできた人に限って
『〇〇は絶対買った方がいいよ!!』
『〇〇は絶対にすべき!!でないと一生後悔する!!』
とか簡単に言う。
それが上手くいかなかったとしても!!
彼らは責任は取らない。
『だって、決断したのは自分でしょ?!』
と言ってくるだろう。
だから外野の意見など聞かずに自分の好きな事をやればよい。
ただし、関係が深い人が耳に痛い事を言っているときはホントに心配していってくれている可能性もあるので、なんにせよ情報の発信源には細心の注意を払うに限る。