ホテルの前にある庭園。
コンラッド東京のベイビュー側に宿泊すると目の前に広がる緑の庭園。
何年も前から存在は知っていたし、何なら宿泊する旅に毎回見ていたが今回初めて庭園散策へ出かけてみた。整備されたキレイな公園でとても良い散歩コースだった。
食後の散歩へ
この日はランチビュッフェを食べたので全員お腹が満腹。
今日は宿泊するけどその前にホテルの前にある庭園散策に行くことにした。12月の今日は薄曇りの寒い空。天気予報では雨だったけれど当日は雨が降らなかったので助かった。
陸の孤島化している汐留地区のいつ終わるのかわからない工事区間を横断して、浜離宮恩賜庭園へ向かう。行き方はホテルの警備の方に聞いた。
コンラッド前の道、ずーっと工事してるけどいつ終わるのか聞いてみたらいつ終わるかも、そもそも工事をやってるのかもわからない。工事してない頃の景観を忘れたと言っていた。
それは何とも、、、。
寒空のコンラッド東京。
首都圏の高級ホテルは大抵ビルの上層部がホテルになっていて、その下は商業施設やオフィスが入っている事がほとんど。一棟まるまるホテルはあまりないような気がする。
しかし特に都市部の高級ホテルは景観の良さが魅力の1つ。
よって眺望の良くない低層階は人気が無い。
だから低層階はいらないから、ビルの高層階だけ貰ってホテルに使うと言うのはとても理に適っている。コンラッド東京も37F建ての建物で28F~37Fまでがホテル。
エントランス前に到着したらエレベーターに乗ってフロントのある28Fへ。
エレベーターは1Fと28Fのボタンしかない。
浜離宮恩賜庭園に到着。
どんなところなのか知らずに来たので調べてみた。
潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園。潮入の池とは、海水を導き潮の満ち干によって池の趣を変えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。
旧芝離宮恩賜庭園、清澄庭園、旧安田庭園なども昔は潮入の池でした。しかし現在、実際に海水が出入りしているのは、ここだけです。
この地は、寛永年間(1624~1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、四代将軍家綱の弟で甲府宰相 の松平綱重。承応3年(1654年)、綱重は将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得ました。その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。
以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。
明治維新ののちは皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりました。その後、関東大震災や戦災によって、御茶屋など貴重な建造物が焼失したり樹木が損傷し、往時の面影はなくなりましたが、昭和20年(1945年)11月3日、東京都に下賜され、整備のうえ昭和21年(1946年)4月有料公開されるに至りました。なお、国の文化財保護法に 基づき、昭和23年(1948年)12月には国の名勝及び史跡に、同27年(1952年)11月には周囲の水面を含め、国の特別名勝及び特別史跡に指定されました。
浜離宮恩賜庭園ホームページより
大人300円子ども無料。
入場料を払って入る。クレジットカードも使用可能だがVISA、MASTERのみ。アメックス等は嫌われている模様。
腹巻している木と怪しい形のもの。
庭園から見たコンラッド東京。
ガラスが縦に長くなっているところからがホテル。
庭園内散策。
海水と淡水のブレンドなのだとか。
いくつも橋があって散歩向き。
池。
結構歩いた。
うちの周辺だと禿げ上がっている木もこの辺だとまだ紅葉が楽しめる。
娘が散歩が楽しくて仕方ないようで、一秒もじっとしてないので疲れる。
広々。
キレイな葉っぱ。
丁度いいタイミングで転んであの隙間から池にダイブしないか心配で。
この庭園は埋め立てられる事は無いだろうから、景観が将来に渡って保証されているコンラッドはいいところにホテルを持ったなと。
小石が撒いてある散策路。
今度は石拾いを始めたぞ、、、。
ゴミも落ちてないし整備されてキレイな庭園。
普段地元で子どもを遊ばせる公園は無料だけど、ゴミやタバコのポイ捨ても正直多い。
無料だとどうしても底の人たちが集まってしまうので、整備料金として充当しつつそういう人たちに来ないで貰うためにも、全ての公園が有料化してもいいと個人的には思う。
その分キレイで安心して楽しめればね。
最近は特に思うけれどモラルの低下により、人の善意に託すのは無理がある感じになってきているように見える。
さて、キレイな庭園散策を楽しんだのでこの後はホテルにチェックイン。
良く来るホテルの近くにいい散歩コースが見つけられて良かった。