
人生と経験。
人は付き合う人の平均にしかなれない。
同じレベルの人間同士がクループを作る。
貯蓄よりも体験。
そのどれも実体験を経て事実であることを確信している。
過去の自分に負けない
他人と勝負しても仕方がない。
色々前提条件が違う。トップスポーツの世界であれば他者と競合して戦っていくのだろうが我々平民が生きる上で
『俺なんかは親が地主で20歳からフェラーリ乗ってる同級生と比べたらカスみたいな人生だ、、、。』
とかそんな事悩んでいても仕方がない。
前提が違い過ぎる。
一時期話題になった親ガチャという言葉。
そんなの関係ないと言う人と大いに関係あるという人といるが、自分は関係はあると思う。生まれた環境によって人生はとんでもなく変わる。
が、人生うまくいかない事はある。
たくさんある。
躓くこともある。
たくさんある。
が、転んでしまったのは誰かのせいだとしても起き上がらないのは自分以外何者のせいでもない。
比べるのは過去の自分。
自分はハイパー極貧の出身だったので親ガチャという言葉を使いたい人の気持ちがよくわかる。20代前半の頃などまともな食事も食べられず、腐ったものを食べて飢えをしのいだ時期もあった。
お金に不自由の極みの生活をしていたのでお金がある事に憧れた。
多分、スーパーカーに憧れたのもお金持ちの象徴として憧れていたところは間違いなくある。
ブレずに続けて今はその時よりもマシな生活になった。
今は自分の人生に満足している。
そうなった一番の理由は考え方が変わったことだが、その次に重要な事はたくさんの経験をしたことだ。いろんなことを繰り返し経験した。
その事が新しい扉を開くきっかけになり、人生が望む方向へ向かっていったように感じる。

人生を好転させた体験
百聞は一見に如かず。
上手くいってない人の人生に関わり、彼らがイメージするお金持ちのイメージを聞くととにかく悪いイメージのみ。そしてことごとく実態とかけ離れている。
自分のレベルが低すぎるからお金持ちの世界の解像度が低すぎるのよ。
上手くいってない人の想像上の架空の世界の話。
『わが国には世界最高性能の日本車がある。その中でも世界中が認めた軽自動車という走り、安全性、燃費全てを極めた自動車がある。それなのにそれを選ばず見栄だけで何倍も高い外車を買ったりスポーツカーを買ったりするのは承認欲求モンスターというほかなく、もはや哀れとしかいいようがないからねw』
と雄弁に語る軽自動車教の尊師。
そうね。
尊師のように登り坂の度にエアコンを切ってアクセル全開で乗るのが当たり前の生活の人には、そうではない人達の世界はわからないだろう。何も言うまい。
関わっていてわかるけれど、彼らは口を揃えてお金持ちは悪い人が多いと言うものの上記の尊師のような層が一番攻撃的に感じる。
SNSをやっていても明らかだ。
お金持ちな人は柔和で腰が低い人が多い。反面お金が無い人の方が威圧的で高圧的でブサイクだ。煽り運転をする人を見ていてもわかる。
人生は経験した事しかわからない。
お金持ちになりたいと言う人はお金持ちの世界がどんな世界か実際のところわかっていない。
アウトレットに行って80%引きのコーチを値段見ずに買う人が本当のお金持ちだと思っている。アルファードを足で乗る人がお金持ちだと思っている。駐車場に2マス駐車する人が富裕層だと思っている。
お金持ちの大半はこういう価値観の人達がいるところにいない。
違う世界で生きている。
地方の格安ホテルに行くとエレベーターでは我先に乗り込み、扉の閉じるボダンを連打、そして我先に降りていく。
高級ホテルではお客さんが別の知らないお客さんへ先へどうぞと譲るシーンがとても多い。
思いやり。
これも経験したからわかることだ。
何かを理解するのに経験することほど近道はない。
自分の話を聞いてなるほどと思った人がいたら実際体験してみる事をお勧めする。
花火の美しさも軽自動車と同等性能と言われる現行フェラーリの走りも山登りも旅行も、体験することで真に理解することが出来る。