考え方が変わった。
何もなかった頃はフェラーリに始まり、ありとあらゆる頂点(に見える物)を目指し続けた。今はそれなりに自分の欲しい物が全て手に入った結果、当時とはだいぶ異なる心境や考え方になっている。
頭と股間が硬かった若者時代
フェラーリ以外は全てクソ!
型落ちでも金持ちのお下がりでも何でもよい。自分はフェラーリを手に入れるんだ!
そうやって下半身裸の状態で都心部で誓って以来、何でもかんでもやってみてようやく当時憧れのフェラーリを手に入れる事ができた。
毎日毎日考え続けて、夢にまで見たハンドル中央のフェラーリのエンブレムを実際に見た時には涙が出たモノ。
サウンドの素晴らしさにも感激したな。
免許取って初めてのマニュアルだったのでそれも緊張したが。
手に入れる前は冒頭の赤文字のように、それ以外にいい物はあるけれど、それ以外に手を出して妥協しないように自分を亀甲縛りにしていた。
浮気はダメ、絶対。
男はフェラーリと決めたらそれ以外は認めん!絶対にそれのみ!!
とまぁそんな感じだ。
好きだからこれでも良かったけれど、そうではない人にこんな事強制したら気がおかしくなってしまうはず。
とにかくフェラーリかそれ以外か、、、そんな思いで周りには目もくれず猛進し続けたのが20代の頃。
何かこう、何もない頃ってさ、フェラーリが欲しいって言って中途半端なスポーツカーを買ってしまうとフェラーリ買えないからそれ買ったみたいな、、、どこか妥協してる自分を認めてしまうような気持ちになっていたんだ。
それが嫌で、別にフェラーリだけがいい車ではないのはよくわかるけれど、自分の中でそれ以外を封印していたんだよね。
時計とかも同じ。
欲しいと思ったのは雲上時計。
それなら中途半端なものは買わずそれに一直線!!と。
今は当時中途半端と思っていたモノ大歓迎
日産のZなんて当時の自分だったら全く眼中になかった。
今では全然アリ。
腕時計も雲上時計かロレックス位の時計しか満足できないと思っていたけれど、そこまで時計に造詣が深くない自分は何なら10万円以下の時計でも満足できる事が判明。
それじゃこれでいいじゃん、と。
むしろ、いろんなところに出かける時に高額な事を気を遣わなくて済むので使いやすさは増す。
そして値段が違う分だけの違いは、、、自分にはわからない。
10万円位の時計でも十分立派に見える。
使いやすいし。
結局ロレックス買ってもヴァシュロンコンスタンタン買っても、3日も経つと感動が無くなる。
以前から言っている通り、モノで得られる満足感などたかが知れている。
今ではコスパの高い物やサービスが大好き。
今まで気づかなかった、敢えて見なかったところも見えて、世の中にはもっとたくさんのモノや事があったことに気づいている。
目標を達成した後はあまりブランドとか金額とか気にならなくなったんだ。