のぶろぐ13。

重症な車バカの道楽ライフ

昭和おじさん、フェラーリ一律1000万円の謎に迫る。

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ゲンダイのスーパーカーは高い。

 

何を持って高いとするかは人それぞれ。

価値を見出している人には安いと思えるものでも、興味のない人からすればものすごく高い物であったりもする。

俺は一応車好きだけれど、最近の自動車は高いと思う。

 

 

 

フェラーリの値段の変遷

1999年に発売された360モデナ1610万円(MT)である。

2005年に発売されたF430は2079万円(MT)になった。

2010年に発売された458イタリアは2964万円(DCTのみ)になった。

そして一気に2020年まで飛んで、現行モデルのF8トリブートは3305万円である。

(車両本体価格は時期によって多少前後する)

 

これらは本体価格であり、ここで変幻自在なオプションを載せていくと、もっともっと跳ね上がっていくのだが、やはり本体金額だけ見ても1999年のモデナから現行モデルは2倍の金額になっている。

 

勿論、性能アップや先進装備が標準装備されるが故の価格ではあるが、実際問題アイドリングストップを始めとする”いらない機能”も多くついているため何とも悩ましい。

 

そしてきっと平均年収は20年前より落ちているのではないだろうか。

 

車の値段はフェラーリに限らず、軽自動車等、全車種で値上がりしている。

しかし、働く人の賃金は全業種2倍にはなっていない。

 

これが辛いところではあるが、何とか欲しい物を手に入れられるように頑張るのみである。
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なんでみんな一律イッセンマン、、、??

さて、ここからが本題である。

俺は以前から謎に思う事がある。

 

ある程度の年齢のおじさん世代の人は、スーパーカーを見るとうんちくを垂れる。所有者や詳しい人はそれはそれでいいのだが、そうでない人の話す金額が全て一律1000万円なのが以前からずっと気になっている。

 

具体例を出そう。

①営業時代、40代半ばの先輩とテスタロッサに遭遇

駆け出しの営業マンだった頃、先輩の運転手をしてドライブしていた時に、前方を走るフェラーリテスタロッサに遭遇。当時の時価は500万円ほどだったが、すかさず先輩が言った。

『あんなのは一千万(イッセンマン)するぞ!!』

俺はそんなにしないことは知っていたから、適当に話を合わせておいた。

 

②観光バスのおじいちゃんがランボルギーニを見て

サービスエリアにて、観光バスからおじいちゃんたちが降りてくる。

そして隣にはランボルギーニアヴェンタドール。(時価5000万円)

瞬く間におじいちゃんたちに囲まれ、1人のおじいちゃんが

 

「これいくらするの?」

と、言った。

 

 

その0.2秒後に間髪入れず別のおじいちゃんが、

『こんなのは一千万(イッセンマン)するぞ!!!』

とドヤ顔&ドヤ声で言い放った。

 

俺はバナナの皮を踏んだわけでもないのに、何もない路上で転びそうになった。

 

スーパーカーミーティングにて

今年もスーパーカーの集まりがあった。

好きな人からは憧れの的であるF40(時価1億~2億円)が登場!

ちょうどミニバンから降りてきたおじいさんに、奥様と思われる女性が訊いた。

 

「まぁすごいわねぇ。一体いくらするのかしら?」

 

そしておじいさんは語気を強めて答えた。

 

『あんなの一千万(イッセンマン)するぞ!!!』

 

牛乳を飲んでいなくて良かった。

 

このように、ある程度のおじさんからは全ての車両が一律『イッセンマン』になってしまう現象を過去に何度も目の当たりにしている。

 

自分なりの考察

結論から言うと

1000万円=イッセンマン

ではないのかもしれない。

 

例えば2000GTが発売された1967年当時は、大卒の初任給が概ね2万6000円前後であったそうだ。貨幣価値はさて置き、金額自体は今の1/10くらいだろうか。

 

現代の基準に合わせて10倍すると、初任給は26万円になる。

 

つまり、良く出てくる『イッセンマン』は給料が2万円だった頃の1000万円。

現代の20万円に合わせれば1億円

 

イッセンマン=1億円

 

翻って見ると

 

イッセンマン=絶対買えないほど高い金額

 

という意味なのかなと自分なりに考えてみた。

 

実際のところどうなのでしょ?

 

教えてくださいw
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