
実際の使いやすさ。
多くの人にとってスーパーカーは憧れの存在であるが、色々スーパーであるが故に特別なおもちゃとなる。日々どんな遊びにも使えるデイリーユースなおもちゃにはなれず結局のところきっかけがあると真っ先に手放される存在になるのである。
何といってもお金の問題
よく会う友人の1人が時価5,000万円のネオクラシックフェラーリを所有している。
あらゆるスペックがZを超えるが例えばどこかで競争したらまずZが勝つだろう。
理由は簡単で、もし激しい運転で車を壊してもZは替えが利く、向こうは利かないからだ。
勿論たらればの話でそんなシチュエーションは訪れないが、お互いがストレート全開でコーナーに向かっている際、ブレーキを遅らせる勇気を持ちやすいのは明らかにZ。
フェラーリであれば4桁万円の修理費用が一瞬で脳裏をよぎるだろう。
何が言いたいかと言うと、結局値段が500万円と5,000万円と10倍違っても出来る事は同じだって事だ。
何ならフェラーリの方が少ない可能性もある。
スーパーカーは買う事よりも持ち続けることが大変だ。
なんせ、役に立たない。
当初は憧れて嬉しくて感動してワクワクしたものも、時間の経過とともにモノは必ず飽きてくる。これはどんなモノでも。
その時にローンで購入していれば毎月数十万円からの支払い、乗っていなくても必要になる桁外れの額を許容できるかと。
年間300km位しか乗らないけれど毎年100万円以上の支払いが発生する。それでもこれがあれば頑張れる、これは手放したくないんだと思って持ち続ける色々なモノを持ち合わせているか。
お金持ちなら問題ないとかそういう話でもない。
お金持ちほど自分が価値を見出さない支払いにシビアだ。
以前も記事にした覚えがあるが、エンツォオーナーが200円の説明にないお通しを大衆居酒屋で出されて激昂した話がある。
5億円の車に乗る人にとって200円などホコリのような金額だろうが、自分が価値を見出してない納得できない金額には1円たりとも払いたくないという人が多い。
漫画の世界だと花より男子のように大金をポンと渡してくれるイメージだが甘い。
現実のお金持ちは傾向として相当シビアな人が多い。
少なくとも自分の関わってきた人はその傾向が強い。
だから、線路の切り替えスイッチのように自分の中で不要なモノ側に切り替えられたらもう瞬間的にいなくなるのがお金持ちの手元にある高級車。
それを支えるのは貧民でも金持ちでも車に対する情熱以外何ものでもない。

凄いいいところにいるZ
エンジンオイル交換8,622円。
500ps近いMTの300km/hまで出るスポーツカーのオイル交換費用とは思えない金額。
これなんかは一つZの魅力が集約されている。
本体価格も性能を考えたら格安の部類。
180psで600万円とかって言われたらオイってなるけれど405ps。そしてMTも選べる。
文句なし。
スポーツカーでなくてもQ8はオイル交換7万円位。
もし壊れても日本中にあるディーラーで修理可能。
どこでも診てもらえる。
純正品など一瞬で届く。
輸入スポーツカーに比べて安価。
社外品も選択肢が多い。
最悪全損になってもまた同じもの買える。
ボディサイズも小さい。
気難しい所無し。
所有して一年半以上、軽微なトラブルすら無し。
ディーラーに勤める女性スタッフがニスモを知らない。
全てが完璧で、普段から安心して乗れる要素が満載。
持ち続けるハードルが低い。
特に古い車は部品が無いから整備に出しても部品待ちで年単位かかるなんてざら。
ようやく届いた部品を取り付けて直るかと思ったらこっちもダメだ、国内欠品だから海外から取り寄せでまた6か月かかるとかね。
それでも持ち続けたいという強い情熱があれば迷わずそれに行けばいいが、そうでなければみんなZを買おう。
普段の買い物、通勤、子どもの送迎、週末、旅となんでもこなしてくれる。
パワーは非現実的、維持費は現実的。
結局はこの辺りの車が一番使いやすいのだ。
