
自分の人生を生きる。
自分軸で生きることにより他人への嫉妬から解放された。自分の人生へ集中する事への大切さ。
自由な人生
ずいぶん昔の話だが、自分自身が何者でもなく何も所有していない時には誰かに自分の存在を認められたいという気持ちは少なからずあった。
フェラーリやランボルギーニに憧れていたのも勿論その美しさやサウンドも魅力ではあるが、同じくらいそれらが持つ成功の象徴としての側面も自分には光り輝いて見えた。そんな頃はうまくいってる人には嫉妬もしたし自分自身が情けなく感じた。
他人と比べて自分は劣っている、他人の人生と比べて自分の人生はいまいちだ、そんな事ばかりに心を支配されて毎日が楽しくなかった。
自分の周りの20代は全員フェラーリやランボルギーニ、ポルシェを持っている。
所有できないのはこの世で自分だけだ、本当に情けない。死んだ方がマシだ、、、そんな事を思って毎日過ごしたんだ。
その後は色々ありつつも好きな物も一通り手に入れられて現在に至るわけだが、結局のところ気づいたことが一つ。
自分の人生に他人の評価は関係ない
他人が自分を見てあの人の人生は最高だ、あんな人生だったら何も不満が無いだろうと言ったところで当の本人が不幸に感じていれば結局のところ、不幸なのである。
他人がどれだけ持ち上げてくれても、他人がどれだけ否定してこようとも、自分の人生は何一つ変わらない。
そもそも、自分は他人を喜ばせるために人生を生きているのではない。
これらの事に気づいてから自分の人生に集中することが出来た。
今は自分のやりたいことだけをやっているので人生は最高に幸せ。

夢はなんですカ??
今は自分が欲しい物を買って、自分が食べたいものを食べて、自分が行きたいところへ行く。自分が会いたい人に会いに行く。
それだけ。
幼稚園で子どもが夢はなんですか?と聞かれたそうでそれを自宅でも真似して親にインタビューしている。
『パパさん、夢はなんですカ?』
夢は今の幸せが一日でも長く続くことかな!それ以上はもう何もないよ。
自分の人生で何が幸せかを決めるのは自分自身。
ピカピカのフェラーリに乗って、高級ブランドの服を着て、高級レストランで毎日食事するのが幸せだと極貧時代は想像していたが全然そんな事なかった。
この経験からも貧困層から見る富裕層の解像度がいかに低いかがわかる。
今は泥だらけの自転車も気にせず乗せられて、速乾のシャツを着て、公園で遊んだ後にハンバーガー食べて帰ることが一番幸せだ。
アルファードを普通に足で乗れる人が本当のお金持ち!
本当のお金持ちは必ず軽自動車に乗る!
本当のお金持ちはコンビニで値札を見ない!
本当のお金持ちは全身ヴィトンあるいはコーチ!!
わかったわかった!
それでいいよ、俺は貧困層だからさ!
その高尚な世界の争いは自分たちだけでやっておいてくれ。
興味が無いよ。
自分の人生はどうなることが幸せか自分が一番知っているから他人の評価など一切興味が無い。
自分が主人公の人生。
好きに生きて自分自身が主人公の納得の絵本を作り上げよう!