
経験してわかったこと。
私自身も記事内で底辺というあまり良くない言葉を使うが、この言葉以外ふさわしい言葉が見当たらないほど低レベルな人に数えきれないほど絡まれている事から、こういう表現になっている。そしてこの体験はお金が少し自由になってきた頃から激増してきたという事実がある。
思考が分断する生活域
お金の有無、生活レベルに大きく起因するものは思考であることは疑いの余地が無い。
お金が無い人の多くはその場限りの娯楽を好み、休日にはしっかり休みを取り、言われたことだけをする。
お金がある人の多くは長期的に考えて自分や取り巻く環境にプラスになる可能性がある事に長い時間を使い、休日返上で働き、自分の頭で考え自分の意志で行動する。
全く違う。
真逆と言っていい。
これがそのまま収入の差に繋がる。
底辺にとってたくさんのお金を持っている人は悪い事をした結果だ。
事実、ガヤルドに給油中に『何を悪い事したらそんな車がその若さで買えるようになるのかしら?』と老人に言われたことがある。
彼らにとってお金を稼ぐことは悪であり、悪い事をしているからお金をたくさん持っているだけであり、自分は真面目なので敢えてお金をたくさん貰わないで働いているという考えに基づく。
多くの稼いでる人にとってのお金はお客様や周りの人間からのありがとうの結果である。
○さんありがとう!ありがとね!○さんまたお願いするね!
それがお金に姿を変えて集まっているだけ。
それが無い、できない人は自分自身を正当化するためにお金持ちは悪だと声高に話す以外選択肢が無い。
だって、後者の考えを認めたら自分は誰にも感謝してもらえてないし、そのための努力もしてないからお金が無いと認める事になるからね。
そんな事は死んでもできないよ。
だって、彼らの多くはプライドが高いから。
極貧の頃は自分も底辺側だったので特段トラブルはなかった。
なんせ妬む側だったからね。
そんな人生で終わりたくなくて毎日20時間以上、70連勤80連勤が当たり前の世界で働き続けてある程度結果に繋がった。
その甲斐あって自分の欲しい物ややりたいこと、行きたい場所へ少しずつ行けるようになってきた。
そして、いろんな人が自分の周りに集まってくるようになった。
彼らは異口同音にこう言ってきた。
・金をくれ!
・俺のたばこ代くらい持てよ、自分さえよければいいんか?
・私のリボ払いの借金持ってよ!余ってるんでしょ?!
・自己中野郎!!
・少しは人のために金使えよ!!
・俺のミニバンの鬼ローン少しはもてよ!!
・滞納している5月の自動車税払ってくれよ、金あるんだろ?!
・車はお前出せよな、ガソリン代もお前持ちで!金あるんだからな!
・他人のためにお金は使うもんだよ??自分だけ?www
・フェラーリ貸して、ただで!
・ランボルギーニちょうだい!!すぐ売ってパチンコで増やすけど!

人生は過去の選択の結果
70連勤してやっと次の日は半日休めそうだ。
そのタイミングで71日目にお客さんに『ホント、忙しいところ申し訳ないんだけど今日対応してもらえますか??』に1秒で任せてください!と答えて行動したありがとうの結果が自分に集まっていると思っている。
人によって得意なことは違うが心構えは共通していると思う。
だからそれならいくらでも話せる。
でも多くのお金が無い、たかってくる人はそんなこと興味が無い。
そんな事より金をくれ。
俺は今週末はツーリングが、ミーティングが、パチンコが、仲間と飲みに行く約束が入ってると言う。
忙しいからそんな能書きを聞いている暇が無いと言う。
こんな人達がずーっと人生に出てくるようになったので、今ではいかにこのような人達の目につかないように生きるかというスキルを身につけている。
彼らにとってお金持っている人は悪人だ。
そんな悪人に余っているお金をくれと言えば、お金はくれず一丁前に上から目線で物を言いやがる。
ふざけんじゃねぇ!
黙って金出せばいいのによ!
こうして貧困層によって威張っている金持ちというカテゴリが作られる。
そして日本ではこういうたかりが凄まじい勢いで増えている。
