
老害にならない程度に。
私は他人に期待していない。
だから対人ストレスというものが存在しない。ところで結局年齢を重ねて結果を出す人ってみんな若い頃からもの凄く努力している人が多い。人は自分の生きていた延長にしかなれない。
自分の若い頃の延長
いい大学を出ていい会社に就職してホワイトな仕事で大きな稼ぎを得ている人達がいる。
これらの人達を罵る田舎者はとてつもなく多い。
ただ、印鑑を押しているだけのような仕事で毎月あれだけの報酬が発生する意味が分からない。しかもボーナスまで数か月分出る、舐めた奴らだ。
自分の考え方は違う。
彼らがいい学校に入るために学生時代に猛勉強している間、君たちは何をしていた?
同じ結果を残すだけの努力をしていただろうか。
ラウドネスの高崎晃氏は将来プロミュージシャンになりたいというギターキッズにアドバイスをした。
『血の滲むような努力をしないとね。』
スリップノットのギタリストのミックは将来音楽で生活するために必要なことをギターキッズにアドバイスした。
『自宅から出るな。友人が外で遊んでいる間も自宅から出ずずっとギターの練習をしていろ。』
これが凡人が将来大きくなるための答えなのよ。
働き方改革結構、パワハラ禁止結構、残業しない、飲み会は残業代出ますか大いに結構。
しかし普通の事をやっていれば将来になる姿は普通の人だ。
普通以下の事をしていれば将来なれるのは普通以下の人だ。
特別な人なんてほとんどいなくて単純に、自分が過去にどれだけ何をしたかで将来の人生が決まる。
年齢を重ねたとしても今の行動で将来は変わっていく事も同様。

フェラーリに乗りたかった20代
自分がフェラーリに憧れた20代の頃、なんとしても自分でオーナーになりたいと思った。自分の手で運転したいと思ったんだ。それができない人生などつまらない。そんな人生だったら生きている価値も無いと周りに言い続けてね。
それで試行錯誤して当時の自分が最善と思う事を続けた。
その結果ボロでも一応乗れるようになった。
それまでの間、一度たりともやっぱりフェラーリは高過ぎるから中古のアルヴェルでも十分威張れるしいいよね?などと思ったことはない。
フェラーリに乗るか、死ぬかくらいの覚悟だ。
合コンなど一度も行ったことが無い。
未来につながる可能性があると判断した飲み会以外全て拒否。
多分頭が良くて世の中を上手に渡っていける人はいいのかもしれない。
けれど、自分のような頭が悪くケツの破れたズボンしか履けないくらいの人間はこのくらいの気持ちでやらないとダメなんだと思う。
今となっては車よりも幸せな事や車を手に入れた先にある世界を知って、物などなくても幸せで充実した人生を送れるようになった。
しかしフェラーリの台数など日本人全員分も台数が存在しない。
欲しい人には争奪戦だ。
その争奪戦に勝とうと思っていたら他人と同じ時間を優雅に寝てられるような心ではだめだと思うのよ。
車に限らずだけど他の人と違う人生を歩みたいと思うのであれば、自分は高崎晃氏やミックと同じ意見だね。