のぶろぐ13。

毎日が夏休みの人生。

娘が可愛くて将来が心配で仕方がない話。

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子どもの存在は偉大。

 

自分自身ずっと子どもはいらないと思っていたし、周りにもそう言っていたのだけど、娘が生まれた今は、本当に生まれてきてくれて良かったと180度変わっている。

可愛くて擦り傷1つ負わせないように過ごしている位なので、今後保育園や小学校へ行くことを考えると心配しかない。

 

 

 

自分は学校が嫌いだった

自分自身小学校からの学校生活、全然楽しくなった。

覚えてないだけかもしれないが、楽しかった思い出はほぼ無い。

 

昔からルールに縛られることが大嫌いだったので、授業が始まると1時間近く何もできずに拘束されることも嫌いだったし、将来何のためになるかわからないような授業を延々と聞かされるのも飽き飽きしていた。

そして、実際大人になった今それらの授業で学んだことは役に立っていない。

 

これらの事から、当時過ごした大部分の時間は無駄だったことがわかる。

 

勿論読み書きや計算が出来る事は役に立っている。

 

世の中の成功者の中には義務教育は『Noと言えない兵隊を作る事だ』と言っている人がいる。

なるほど、その通りだろう。間違いない。

 

『勉強する』って嫌な事をするって意味もあるのだそうだ。

精を出してその道に励む、とか。

 

我慢して勉強や宿題を日々こなして、何十年もかけて

『辛い事を辛いと思わない人格を作り上げる』

ようにしている。

そう見える側面も確かにある。

 

”人生は何も我慢しない事”を大切にしている自分からすると、目指している方向は真逆に見える。

自分達の頃と変わらず、今の学校も同じような価値観がはびこっているのであれば、そんなところに娘を出すのは心配で仕方がない。

 

本人が楽しく行ってくれればそれはそれでいいのだが、学校行くの嫌だと言い出せば

『それじゃ今からディズニーでも行こうか。』

と自分なら言ってしまうだろう。

 

 

自分の経験上、学校へは不登校気味な期間もあったし完全に先生からは嫌われる問題児だったと思っている。

が、そんなザコでも社会に出てからは楽しく生きている。

もしやり方が合わなくて、学校へ行かなくても生きていける。

大丈夫。

 

妻が何というかは謎だが。

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人見知りが始まった

誰でもみんなに笑顔を振りまいて可愛がられる娘。

先日、妻が実家で両親に娘を預け車に荷物を置きに行ったところ、自分の周りにはおじいちゃんおばあちゃんだけになった娘が、火が付いたように泣き出したそう。

 

目も良く見えるようになってきて、段々周りの事がわかるようになってきたみたいだ。

 

今は自宅では自分達両親がつきっきり。

一緒に遊んだり、抱っこしたり旅行に出かけたりといつでも一緒だ。

娘も楽しそうだし、親である自分達も可愛くて仕方がない。

 

大きくなって保育園や学校に行って、この子が悲しい思いをしないだろうか、痛い思いをしないだろうか、誰かにいじめられたりしないだろうか、、、。

いじめを見てみぬふりをする先生に当たらないだろうか。

狭い価値観を押し付けられる学校生活をしないだろうか。

センスの無いジャージを強制されたりしないだろうか。

 

考えると寝られなくなるほど心配だ。

 

自分が親になって初めて味わう気持ちのオンパレードだ。

そして子どもネタのニュースには一段と涙もろくなっている。

 

 

今では信号待ちの女子高生を見ると

『よくあそこまで立派に育てたものだな』と思って、会った事のないそのご両親を尊敬している。

 

いやはや本当にすごいです。f:id:Nob13:20211120100707j:image