のぶろぐ13。

重症な車バカの道楽ライフ

F1はどこに向かっているのか。

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変わらないものの変わっていくものと。

 

ドーハの世界陸上を見たが観客が少ない。

競技種目にもよるのかもしれないが、世界最高峰の陸上大会で半分程度しか埋まっていない客席は正直かなり寂しい。選手達からも同様の意見が出ている。

運営には、やはり観客がいて成り立つ側面もあるのだから、お客さんが見に来やすい環境も重要視して頂きたいと思う。

 

だが、結局それらは様々な事情により二の次三の次になっているように見える。

 

 

 

俺は毎年楽しみに見に行っていたF1を2013年を最後に行く事を辞めた。

理由は『音』だ。2013年のレギュレーションの変更により、V8NAサウンドからショボいV6ターボサウンドに替わってしまった。

 

俺は乗り物の一番興奮する要素はエンジンサウンドだ。

金曜日のフリー走行でも、フリー走行開始数分前に『コオォォォォォー!!!』と高いアイドリング音が聞こえ始めるとたまらなく興奮し、一年間楽しみにしていた甲斐があったと思ったものだ。

 

今ではもう聞くことができないサウンドだ。

 過去にも2013年で変更された前後の映像が見られるブログを書いた。

www.nob13.net

 

サウンドがショボくなったという声は当然あちこちから出ているそうで、FIAも様々な案を出している。スピーカーを搭載して爆音のエグゾーストを再生しながら走るとか、マフラーにメガホン型のサイレンサーを取り付けようとか。

馬鹿としか思えない。

 

現在は今までよりも寿命の長くなったエンジンで、いかに燃料とタイヤをセーブしながら走るかというレースだ。技術の実験室なので、市販車に流用できる技術開発を、、、という大義名分のもと、エコを前面に出したF1運営をしている。

 

目の前にライバルがいるのにタイヤが減るからアクセルを踏み込めない、なんて言うのはボクシングでグローブが傷むからこれ以上パンチを繰り出せない、と言っていることと同じだ。
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イギリスのAUTOCARのアンドリュー・フランケルは以下のように言っている。

 

F1は誰のためにあるのだろうか。チームでもドライバーでもサーキットのオーナーでも、利権者にためでもない。チケットを買って見にくるファンのためにあるのだ。F1がそれを無視すれば、その結果は明白だ。

 

コストを削減するとともにダウンフォースを減らし、メカニカルグリップを高めれば、マシンは運転が難しくなり、ミスも増えるだろう。ハイブリッドやターボをやめ、もしそれで撤退するメーカーがあれば、それでも良いではないか。もう一度ドライバー志向のスポーツにしようではないか。ヒーローはマシンではなくドライバーなのだ。

 

この考えは以前から何も変わらないどころか、多くの人が求めてきたことだ。

F1はこれを耳にしているにも関わらず、取り入れて来なかったのだ。F1が技術の展示会であるべきと考える人などいないはずである。

 

われわれはピットではなくコース上で繰り広げられるレースを求めているのである。

 

F1はその将来を決める時期に差し掛かっている。何年もかけて考えている場合ではないのだ。

 

進むべき道は既に見えており、究極的に言えば必要なのはそれを選択する意思だけなのである。

アンドリュー・フランケル

AUTOCAR JAPAN 

 

完璧にその通り。

100%同意する意見だ。

 

時代の流れが大きくエコに動いているので難しいこともあるだろうが、だからこそ、お客さんが真に求めていることを汲み取ってほしいと思う。
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